リスボン特急

ジャン=ピエール・メルヴィル、1972。大胆な省略や台詞の少なさがある一方で、省略をまったく用いない演出が見られ、その対比が映画のアクションを際立たせている。冒頭、銀行強盗のシーンでほのめかされる映画内時間と上映時間の一致。それはリスボン特急においてすさまじい威力をもって反復されることになる。映画内時間と上映時間の一致によって見る者は映画のなかへと誘い込まれる。そして身動きが取れなくなり、緊張感にしびれてしまう。この映画はメルヴィルの遺作なのだが、相変わらず野心的な映画であり簡潔な演出が見事だ。この映画は顔の映画といってもいいだろう。視線の映画を超えた顔の映画としてのクローズアップ。この映画では台詞でなく顔が物を語るのだ。顔によって映画の輪郭を描いておきながら、素早い切り返しショットの多用で顔の映画を決定づけている。また、人がいない映画としても素晴らしい。アントニオーニの『赤い砂漠』とまではいかないものの、冒頭の海岸ロケーションとラストの凱旋門前の人気のなさは、ストイックな映像美学としても素晴らしいし、そこからなにか暗示を見て取ることもできるだろう。建物の外からのドリーショットが何度も見られる。この映画では同じ撮影技法が何度も繰り返される。ズームの多用は主に顔に向けられており、演出技法と撮影技法が効果的に絡み合っている。そうして強調すべきは強調し、あとは削ぎ落としまくるという手法はメルヴィルのデビュー当時から変わることはない。男の映画なのだがそれゆえに女の顔が際立っている。ドヌーヴ、死体、警察のイヌ。どれもが美しく奇妙な顔だった。95点。